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角出の気まぐれ情報日記「IT's BLOG」
 
2008年1月10日 20:38

今宮戎神社 十日戎 商売繁盛!笹持って来い

今日は1月10日商売繁盛を願い十日戎へ
商売繁盛!笹持って来い 商売繁盛!笹持って来い

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豊臣時代の頃になりますと庶民のえびす様への信仰はより厚くなり、
また豊臣秀頼は片桐且元に社殿造営の普請奉行を命じています。
またこの頃より市街が発達し、大阪町人の活躍が始まり、
江戸期になると大阪は商業の町としてより一層の繁栄を遂げ、
それと期を一にして今宮戎神社も大阪の商業を護る神様として
篤く崇敬されるようになりました。
十日戎の行事もこの頃から賑わいをみせ、
延宝三年(1675)の現存する最も古い大阪案内の図「葦分舟」にも
十日戎の状景が描かれています。
また文芸の分野においても江戸初期の俳人小西来山の句集で
今宮のことが書かれており、
中期の大田蜀山人の紀行文にも十日戎が記されています。
また浄瑠璃「艶容女舞衣」では十日戎が重要な背景として設定されています。
明治には、それまでの問丸が雑喉場の魚市場、
材木商組合、麻苧商組合、蝋商組合、漆商組合、金物商組合等講社を結成し、
十日戎はより一層盛んになりました。
このように時代とともに盛大になってゆく祭礼ですが、
惜しくも昭和二十年の戦災で神社はことごとく焼失しました。
しかしながら昭和三十一年には本殿が復興し、
再び十日戎も活況を呈するようになり、
現在では年の最初のお祭りとして十日戎の3日間に
約百万人を超える参詣者があります。

商売繁盛02.jpg

 

 

 

 

 

十日戎を象徴するのが、神社から授与される小宝です。
小宝は別に「吉兆」(きっきょう)と呼ばれ、
銭叺(ぜにかます)・銭袋・末広・小判・丁銀・烏帽子・臼・小槌・米俵・鯛等の
縁起物を束ねたものです。
「野の幸」・「山の幸」・「海の幸」を象徴したものです。
別の言葉として「山苞」「海苞」「家苞」とも呼ばれています。
苞というのは、外からは内部が見えない簡単な容器のことで、
もともと山や海や家からの「贈り物」を入れるうつわのことでした。
「山苞」は山の神の聖なる贈り物、「海苞」は海の神の聖なる贈り物、
「家苞」は里の神の聖なる贈り物となるわけです。
これを「市」でそれぞれ交換します。
それぞれを「替える」わけです。
これが「買う」という言葉になります。
この「野の幸」・「山の幸」・「海の幸」を象徴した吉兆は、
その中にこもる「御神徳」をいただく信仰を受け伝えたものです。
この吉兆を笹につけて参拝者は家路につきます。
江戸期に作られた歌謡にも次のようにその状景が歌われています。
「十日戎のうりものは、はぜ袋に取鉢、銭かます、小判に金箱、
立烏帽子、米箱、小槌、たばね熨斗、笹をかたげて千鳥足」

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